キッチンの片隅で、翻訳やってます

何か長文を書きたい時の、試験場として

【閑話休題】電気の容量

我が家の電気容量は30アンペア。

オーブン、食洗機、エアコンとか同時につけるとブレーカーが落ちるので

最近メインをノートパソコンにディスプレイ接続した状態にしたのは、対策として良かったのかもしれません。危なすぎる。

翻訳業界のイベントに参加しました -1- ツールにまつわるエトセトラ

パネルディスカッション
使われないツールの使い方-十人十色のツール論

【概要】
Facebook上の翻訳者グループ、十人十色のメンバーの皆さんによる翻訳者の作業環境、ツールにまつわるパネルディスカッション。

分野はIT中心が3名、自動車、機械が1名。

 

【個人的に気になった情報:ノートから抜粋】

・ベテラン翻訳者のみなさん、クライアントからの指定で翻訳支援ソフトを使うのは大体3〜4割くらい

・指定がなくても、凡ミス防止やスタイルガイドの順守のために翻訳支援ソフトを使っている

スタイルガイドをソフトに設定して覚えさせる作業は1時間から1日かかることも

・翻訳支援ソフトを使うことには、原文を見渡せない、ツールを使いこなせない、さまざまな弊害があることを忘れないこと

・ツールに使われないようにという心構えを持つだけでは足りない。翻訳とは何か、という原点に立ち返り研鑽を続けること

・マッチ率が50-74パーセントの訳文に100パーセントのレートを払わない客の仕事は、断った方が良い(これは、今後気を付けて見なくては!)

・最近のTRADOS Studioでは、訳文生成した後のオフィスドキュメントの修正をsdlxliffに書き戻しできる(知らなかった…手動で修正するの大変だから2011からアップデートしようと決意)

 

【感想】
Twitterでフォローしている翻訳者さんが3名も出ているので、どんな方なのかな…という好奇心で聴講してみました。みなさんご自分のお仕事だけでなく、後輩のために自分の得意な分野で知識を共有していこう、という気概にあふれていらっしゃって、尊敬するなあ、こうありたいものだなと感じました。

個人的に翻訳者には好奇心が強く勉強が好きで、ちょっとお節介なくらい親切な人が向いてるのでは、と思っているので、みなさんそんな人物像にぴったりでとても親しみがわきました。

 

翻訳支援ソフトの指定がある案件が3、4割なのか、と驚きました。多分分野が違うともっと少ないのかな?ここ4年くらいで取引先を開拓した私の場合は、9割の案件で指定があります。1番多いのがTRADOS、次にmemoQ、CrowdinとMemsource editorがそれぞれたまに、という感じです。

 

翻訳支援ソフトが出現する前から仕事されてる方々だからかもしれないのですが、最後の方に質問されたグループのメンバーの方々がかなりこれらツールの存在を強く否定していて、「あんなもの使ってたらダメだ!下手になるよ!」くらいの憎しみすら感じられる勢いだったことが少し気になりました。

 

もちろん初学者が翻訳力やITリテラシー、校閲力などを高めることを怠って、支援ツールだけを使えるようになっても、もちろんそれではダメだということはわかります。

しかし支援ツールのできること、できないこと、強み弱みを知れば、かなり役立つのではないかと思います。何より得られる仕事の量が段違いに多くなります。もちろん仕事ですので毎回真剣勝負ではありますが、場数を踏む、まず経験を積むという面ではすごく有利になります。

少しでも、後から業界に参入してくる人の置かれた環境を想像していただければ、全否定はちょっと行き過ぎたな、と思い直していただけたらいいなあ、と思いました。

 

翻訳の仕事は言語間、文化間の橋渡し役だとは、よく言われることです。翻訳者同士でも経験値の違い、立場の違い、分野の違いを超えて、より良い仕事環境をみんなが獲得できるように、協力できればいいなあ、と帰ってからそんな青臭いことを考えていました。

 

機械翻訳ポストエディットという新しい仕事の形態やAIが精度をあげていくことで、翻訳業界は揺れています。

今の子供達が大人になる頃にはパソコンを使うスキルも要らなくなっている可能性もあるくらいです。

新しくなっていくもの、それはそういうものとして、共存しながら、年を取っても世界の誰か、何かの役に立つことができればいいなあとぼんやり考えています。

 

 

翻訳業界のイベントに参加しました-0-

2016年11月29日に、日本翻訳連盟(http://www.jtf.jp/)の主催する

第26回JTF翻訳祭に参加しました。

聴講した有料の講演、パネルディスカッションについてメモと感想を記録しておきます。

 

(前エントリの突然の自分語りは、一応どんな人か提示しておいた方がわかりやすいかなと思い…興味ないかもしれないけど前置きのようなものでした。失礼しました!)

 

これからセッションごとに記事を書き、流れ(あらすじ)と、これは!と思った情報、個人の感想をまとめてみます。

 

 

 

フリーランス翻訳者になった経緯

千葉に生まれ、3歳から6歳まで駐在員家族としてフランスで過ごす。小学校は日本。中学受験のため4年生から受験勉強していたが、突然海外転職した父について、家族でオーストラリアへ転居。まず移民の子に英語を教えるランゲージセンターへ。その後現地の中学高校へ通う。国語と数学の公文をやる。週に一度オーストラリア政府による補修校のような日本語の授業を受ける。最終的に卒業試験を受けた科目は英語と数学、工学と実技の美術、ネイティブスピーカーのための日本語(補修校の選択科目)。

 

帰国子女枠で受験後、日本で私立大学文学部へ、なぜか日本美術史を専攻。バイトと学業、サークル活動で週休0日の日々。

 

超氷河期に新卒でなんとか入社した会社で、テクニカルライター兼翻訳者(日英)の修行。

 

仕事で知り合った同業の夫の会社が解散、離島にIターンを試み、自分もついて行く。色々失敗してわりとすぐ帰る。

 

翻訳コーディネーターとして再就職するが、終電続きのキツイ環境についていけず半年で退社。

 

その後転職活動中に結婚9年目にして子を授かり、知人の所属する会社で翻訳者フリーター生活。

 

産後二ヶ月で知人から声をかけられ、見切り発車でフリーランスとして始動したのがほぼ四年前。この時は得意分野(通信)の英訳で雇われていたのでスッと入っていけた。その後その仕事がなくなり、減っていく残高に焦りながらほぼやったことのなかった和訳で日本の会社のトライアルを多数受ける。

 

何社か合格するもレートが低すぎたり、あまり声がかからず、とうとうグローバル翻訳会社に手を出す。何件かトラブルがあったが、現在はまあまあ待遇の良い一社から主に仕事を請け負っている。

 

以上のような経緯で翻訳者をやっています。