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キッチンの片隅で、翻訳やってます

何か長文を書きたい時の、試験場として

フリーランス翻訳者になった経緯

千葉に生まれ、3歳から6歳まで駐在員家族としてフランスで過ごす。小学校は日本。中学受験のため4年生から受験勉強していたが、突然海外転職した父について、家族でオーストラリアへ転居。まず移民の子に英語を教えるランゲージセンターへ。その後現地の中学高校へ通う。国語と数学の公文をやる。週に一度オーストラリア政府による補修校のような日本語の授業を受ける。最終的に卒業試験を受けた科目は英語と数学、工学と実技の美術、ネイティブスピーカーのための日本語(補修校の選択科目)。

 

帰国子女枠で受験後、日本で私立大学文学部へ、なぜか日本美術史を専攻。バイトと学業、サークル活動で週休0日の日々。

 

超氷河期に新卒でなんとか入社した会社で、テクニカルライター兼翻訳者(日英)の修行。

 

仕事で知り合った同業の夫の会社が解散、離島にIターンを試み、自分もついて行く。色々失敗してわりとすぐ帰る。

 

翻訳コーディネーターとして再就職するが、終電続きのキツイ環境についていけず半年で退社。

 

その後転職活動中に結婚9年目にして子を授かり、知人の所属する会社で翻訳者フリーター生活。

 

産後二ヶ月で知人から声をかけられ、見切り発車でフリーランスとして始動したのがほぼ四年前。この時は得意分野(通信)の英訳で雇われていたのでスッと入っていけた。その後その仕事がなくなり、減っていく残高に焦りながらほぼやったことのなかった和訳で日本の会社のトライアルを多数受ける。

 

何社か合格するもレートが低すぎたり、あまり声がかからず、とうとうグローバル翻訳会社に手を出す。何件かトラブルがあったが、現在はまあまあ待遇の良い一社から主に仕事を請け負っている。

 

以上のような経緯で翻訳者をやっています。